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最近の著作から 2011年度

文学部広報誌『文学部だより』の「最近の著作から」欄から文学部教員の著作を紹介します。

これまでの著作紹介

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2011年

戸田山 和久、出口 康夫 編『応用哲学を学ぶ人のために』

戸田山 和久、出口 康夫 編『応用哲学を学ぶ人のために』

2009年に発足した日本応用哲学会のメンバーが総力を挙げて取り組んだ、我が国初の「応用哲学」の入門書。いわゆる応用倫理学の問題領域を越えて、形而上学や現象学も具体的現実に迫る試みである。松田は、過去数年間、人文学研究科倫理創成プロジェクトでも取り組んできた、アスベストによる健康被害、環境リスクに関するアクション・リサーチ型の研究方法とその結果を紹介している。また、この事例を下敷きにして、より一般的に、未知の、あるいはリスクを伴う科学技術の導入あるいは存続の是非をめぐり、その妥当性をめぐる議論の続く、いわゆる「予防原則」の問題と環境リスクに関する「長期的責任」の問題も論じている。(松田毅は「リスクと安全の哲学」の箇所担執筆)(松田 毅)

2011年5月、世界思想社

宮下 規久朗 著『フェルメールの光とラ・トゥールの焔-「闇」の西洋絵画史』

宮下 規久朗 著『フェルメールの光とラ・トゥールの焔-「闇」の西洋絵画史』

西洋絵画の巨匠ラ・トゥールやレンブラント、フェルメールに共通している特徴は、 精神性の高い静謐で幽玄な光と闇の描写にある。それらに描かれた豊かな闇の表現は、『陰影礼賛』を受け入れる感性をもった日本人にとっては、親しみやすく感じられるものである。本書では、レオナルド・ダ・ヴィンチによって確立された革新的な「闇」の表現が、バロックの先駆者カラヴァッジョによる光と闇の劇的に交錯する絵画を経て、いかにしてラ・トゥール、レンブラント、フェルメールらの静謐で精神的な絵画を生み出していったのか、西洋絵画における「闇」の歴史をたどった。すべてカラーの図版によって、これまでになかった斬新な視点から西洋絵画史を理解できる書物となっていると思う。(宮下 規久朗)

2011年4月、小学館

坂江 渉 編著『神戸・阪神間の古代史』

坂江 渉 編著『神戸・阪神間の古代史』

本書は、神戸・阪神間の伝承や神話、六国史の記事、考古学遺構などにスポットをあて、この地域の古代史についてテーマ別に書き上げたものである。8名の研究者が、自分の専門分野や興味にもとづく研究成果を、合わせて30本以上の論考として執筆した。それを4つの地域(神戸・芦屋、六甲山・有馬、猪名川流域、武庫川流域)ごとに紹介した。主な論考は、「神戸・阪神間のミナトと海人」「浜辺の美女伝承と神祭り」「ウミガメの上陸・産卵をめぐる文化史」「神戸・阪神間の災害と古代国家」「六甲山中で見つかった銅鐸」「古代の湯治と有馬行幸」「王族の住まう地域、尼崎」「武庫海と西宮」「武庫川と猪名川の女神の争い」「摂津の羽束国」「東神戸・阪神間の古墳論」などである。(坂江 渉)

2011年4月、神戸新聞総合出版センター

樋口 大祐 著『変貌する清盛-『平家物語』を書きかえる-』

樋口 大祐 著『変貌する清盛-『平家物語』を書きかえる-』

本書は12世紀以降20世紀に至る平清盛像の変遷を、具体的なテクストを通じて、その思想的・文化的背景とともに描きだすことを目指した書物である。平清盛は『平家物語』の中で、その数々の「悪行」「おごり」故に非難された実在の人物である。彼が非難されたのは、彼が新都(福原)の創出を通じて、当時支配的であった権門体制や王法仏法理念に抵触する政治構想を実現しようとしたからであったが、その後19世紀まで続く公武二重政権(朝廷-幕府)体制の中で、清盛の否定的なイメージも拡大・変形されていった。近代以後、清盛に対する再評価や書き換えがはじまるが、それは古典テクストを「逆読み」すること通じて得られたものであった。本書は清盛像の変遷とその背景をなす各時代の言説空間の関係に注目すると共に、福原の後身である海港都市神戸を背景とする近代文学のテクスト群の中に、清盛との系譜を探ろうとするものである。(樋口 大祐)

2011年3月、吉川弘文館

板垣 貴志、川内 淳史 編『阪神・淡路大震災像の形成と受容―震災資料の可能性―』

板垣 貴志、川内 淳史 編『阪神・淡路大震災像の形成と受容―震災資料の可能性―』

1995年に発生した阪神・淡路大震災の資料・記録を保存しようという動きは、早くから被災地の様々な団体・個人によって始まり、いつしかそれらの資料群は、「震災資料」と呼ばれるようになった。これまで被災地では、記憶の風化が懸念され、大震災の体験や教訓を後世に伝えるために、様々な取り組みが模索されてきたが、大震災から16年を経た今日、すでに神戸市では、市民の36%が被災を体験していないといわれている。本書は、大震災を未来に伝える震災資料の可能性を展望したものである。第1部「震災資料を生み出す 新聞記者」では、これまで震災像の形成の中心を担った新聞記者達の「想い」がいかなるものであったのかを考えた。その上で、第2部「震災資料を読み解く 歴史家」では、今後震災像の形成を担う歴史家が、震災資料に込められた「想い」を読み解きつつ、いかにして「歴史」の阪神・淡路大震災像を構想しうるのか考えた。(板垣 貴志)

2011年1月、岩田書院

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