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最近の著作から 2013年度

文学部広報誌『文学部だより』の「最近の著作から」欄から文学部教員の著作を紹介します。

これまでの著作紹介

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2013年

松田毅・竹宮惠子監修、神戸大学人文学研究科倫理創成プロジェクト・京都精華大学マンガ研究科機能マンガプロジェクト制作『石の綿-マンガで読むアスベスト問題』

『石の綿-マンガで読むアスベスト問題』

2005年の「クボタ・ショック」以後の日本のアスベスト問題の展開は、環境リスクの問題解決にあたって、どれほど市民運動が重要であるかを如実に示した歴史的事例である。倫理創成プロジェクトでは教員と学生・大学院生が共同し、多くの当事者、様々な関係者と協力しながら、この問題に関するアクションリサーチを行ってきた。その成果を踏まえ、京都精華大学マンガ研究科とのコラボレーションにより、三年をかけて制作されたのが、アスベスト被害に関するストーリーマンガ『石の綿』である。本書では、取材に基づき、尼崎、神戸、泉南などの地域の諸事例が描かれると同時に、中皮腫など、関連疾患の医学情報、アスベスト問題の歴史、労災認定や補償問題などの内容も盛り込んだ。その制作の意図や経緯については、あわせて既刊の『倫理創成研究』(神戸大学図書館のサイト、リポジトリKernelにも所蔵)の各号をご参照いただきたい。(松田毅)

2012年7月、かもがわ出版

酒井潔・佐々木能章編『ライプニッツ読本』

酒井潔・佐々木能章編『ライプニッツ読本』

『百科全書』のなかでディドロは、ライプニッツはたった一人で、プラトン、アリストテレス、アルキメデスの三人が一緒になってギリシアにもたらしたのと同じくらいの名声をドイツにもたらしたと称賛した。しかし、その学問と哲学の全貌およびインパクトは、いまだに汲み尽くされてはいない。本書は「ライプニッツの思想と実践」「同時代の哲学者たちとの対決」「別のパースペクティブからみたライプニッツ」の三部二七編の論考からなる。松田の論考「現代形而上学とライプニッツ」は、ライプニッツを現代形而上学の祖として捉え、その豊かな可能性を現代哲学の文脈で示したものである。三つの問題群が論じられた。様相論理学の発展で注目された「可能世界」と個体の「間世界的」同一性、部分全体の論理存在論的関係を解明する「メレオロジー」、「もの」の持続的同一性の謎を問う「テセウスの船」あるいは「ティブルス」問題である。(松田毅)

2012年10月、法政大学出版局

安孫子信・出口康夫・松田克進編『デカルトをめぐる論戦』

安孫子信・出口康夫・松田克進編『デカルトをめぐる論戦』

近代の科学と哲学のルーツがそこにこそ求められるべきデカルト。そのデカルトの世界的研究者、小林道夫京都大学名誉教授の業績を称える論集。同時代を代表する哲学者たちに事前に本文をサーキュレートし、デカルトへの反駁とそれに対する答弁とを付けて出版されたデカルトの主著『省察』になぞらえて、パスカルやスピノザから現代の自然主義や超越論哲学に至る研究者たち、十名が、それぞれにデカルトおよび小林哲学に論戦を挑み、小林氏がまたそれに応答していった。松田は「ライプニッツとデカルト――科学の形而上学的基礎づけと無限小をめぐって」を執筆した。論点は二つである。デカルトによる自然科学の「誇張懐疑」を通しての基礎づけの孕む認識論上の逆説と、小林氏によるライプニッツの無限小の存在論的身分をめぐる解釈問題である。(松田毅)

2013年3月、京都大学学術出版会

フリードリヒ・デュレンマット著増本浩子訳『失脚/巫女の死デュレンマット傑作選』

フリードリヒ・デュレンマット著増本浩子訳『失脚/巫女の死デュレンマット傑作選』

20世紀のスイス文学を代表する劇作家フリードリヒ・デュレンマット(1921-1990)の短編集。いつも何気なく乗っている電車がトンネルに入ってからなぜか普通のルートをはずれて、どんどんスピードを上げながら地球の真ん中へと墜落していく「トンネル」、粛清の恐怖に支配された某国(旧ソ連?)の会議室で閣僚たちが繰り広げる決死の心理戦を描いた「失脚」、車の故障によって元裁判官の家に泊まることになった営業マンがゲームとしての裁判にかけられ、死刑判決を受ける「故障」、ソポクレスの『オイディプス王』における運命を偶然に置き換えてストーリーを語り直した「巫女の死」の4編が収録されている。本書は出版直後から大きな反響を呼び、日本におけるデュレンマットの「再発見」に一役買った。宝島社『このミステリーがすごい!2013年版』海外編第5位。(増本浩子)

2012年7月、光文社古典新訳文庫

フリードリヒ・デュレンマット著 増本浩子・山本佳樹ほか訳『デュレンマット戯曲集 第1巻』

フリードリヒ・デュレンマット著 増本浩子・山本佳樹ほか訳『デュレンマット戯曲集 第1巻』

本書はデュレンマットの戯曲をまとまった形で日本の読者に紹介する初の試みで、デュレンマット研究会のメンバーが3年がかりで戯曲集全3巻を翻訳・出版する予定である。3巻すべてが出揃えば、デュレンマットのオリジナル戯曲17編のうち、作者自身による改作3作品を除く14編が一気に読めるようになる。第1巻には1947年から1953年にかけて執筆された最初の戯曲5編が収められている。デュレンマット作品の最大の特徴はそのテーマの普遍性にある。ある作品が一見特定の時代や状況に密着した枠組みをもっているように見えても、そこで扱われているテーマには常にその枠組みを超えた普遍性があるため、彼の作品はアクチュアルな問題に立ち向かう際の一種の思考モデルとして機能するのである。スイスから遠く離れた日本で、何十年も前に書かれた作品を読むことの意味もそこにあると言える。詳細な解説付き。(増本浩子)

2012年10月、鳥影社

Hiroko Masumoto (Hg.): Ästhetik der Dinge / Diskurse der Gewalt

Hiroko Masumoto (Hg.): Ästhetik der Dinge / Diskurse der Gewalt

2010年と2011年に企画されたドイツ文化ゼミナールでの成果をもとに編集された論文集。日本独文学会が毎年3月に開催しているドイツ文化ゼミナールは、50名ほどの学会員がドイツからの招待講師とともに1週間蓼科のホテルにこもり(そのため「蓼科ゼミ」とも「魔の山」とも呼ばれる)、ドイツ文学とそれに隣接する学問領域にかかわるテーマについてディスカッションするという一大イベントである(使用言語はすべてドイツ語)。ゼミの実行委員長は2年任期で、ゼミの終了後、その2年分のゼミの成果をまとめて1冊の論文集にし、ミュンヒェンにあるイウディツィウム社から出版することになっている。増本が実行委員長を務めた第52回と第53回の文化ゼミのテーマはそれぞれ「モノの美学」と「暴力のディスクール」だった。収録された論文は中世文学の分析から押井守のアニメーション論まで、バラエティに富んだものとなっている。(増本浩子)

2013年3月、Iudicium Verlag

ポール・ヴァレリー著 恒川邦夫・松田浩則編訳『ヴァレリー集成VI』

ポール・ヴァレリー著 恒川邦夫・松田浩則編訳『ヴァレリー集成VI』

本書はポール・ヴァレリーの作品のうち、対話ないしは演劇形式のものを中心に編纂された一冊である。松田はおもに、『わがファウスト』の翻訳に関わった。この演劇作品は、喜劇「ルスト」(Lust:ドイツ語で「快楽」「情欲」を表す)と夢幻劇「孤独者」という性格の異なった二つの作品からなるが、松田は改訳を行うばかりでなく、作品解説を通して、これらの二つの作品がヴァレリーの精神の奥深くに棲まう「双頭の蛇」であることを論じた。なお、これら二つの作品はともに未完で、相当数の草稿が残されたが、松田はフランス国立図書館所蔵の資料に基づいて、作品理解に重要と思われる草稿の翻訳もおこなった。ちなみに、1942年に出版された『ポオル・ヴァレリイ全集』(未完)は、筑摩書房にとって最初の個人全集だったが、今回の『集成』はその筑摩書房設立70周年の記念事業の一環として企画立案された。(松田浩則)

2012年7月、筑摩書房

釜谷武志著『陶淵明〈距離〉の発見』

釜谷武志著『陶淵明〈距離〉の発見』

中国六朝期を代表する詩人陶淵明(365-427)は、同時代においてあまり評価されていませんでした。本書の第1部では、陶淵明が生きていた時代から近代中国に至るまで、そして日本において、どのように読まれてきたかをたどりながら、いつからその真価が認められるようになったのかをさぐります。第2部では最もよく知られる句「悠然として南山を見る」で、「見る」を「望む」とするテクストがある点を手がかりにして、両者はどのように違うのかを考え、陶淵明の詩ではもともとどちらであったのかを推測しています。また、彼の作品から受ける、ゆとりや伸びやかさが、何に起因するのかについて、近景と遠景の描き方、作者の視線、距離感などに注意しながら、独特の風景観が形成されていく過程を明らかにしつつ、わたしの考えを提示しました。(釜谷武志)

2012年9月、岩波書店

宮下規久朗著『知識ゼロからのルネサンス絵画入門』

宮下規久朗著『知識ゼロからのルネサンス絵画入門』

日本ではルネサンスという言葉はよく知られているが、ではルネサンスとは何であったか、そしてその文化がなぜ重要かといったことはほとんど理解されていない。本書は、冒頭に「ルネサンスなんてなかった」という挑発的な論を掲げ、ルネサンスとその美術の真の意味を探っていく。時代順、地域別、画家別ではなく、聖書、神話、都市、農村、戦争といったテーマごとにルネサンスの生み出した諸作品をわかりやすく論じた。キリスト教美術はどれも美しいが、人物も情景も描き方はルネサンスの時代に劇的に変わっているのである。「モナリザ」「ヴィーナスの誕生」「最後の晩餐」など、誰でも知っている有名作品だけでなく、私の評価する隠れた名作もピックアップし、さらに、表現技法やジャンルについての用語解説も充実させた。人間とは何かを追求した芸術復興のすべてがわかる一冊となっている。(宮下規久朗)

2012年9月、幻冬舎

宮下規久朗『欲望の美術史』

宮下規久朗『欲望の美術史』

あらゆる人間の営みは欲望によって成り立っており、美術といえども例外ではない。美術は人間の欲望を映しだす鏡である。本書は、美術を生み出し、受容するときの欲望に光を当て、美術というものを別の観点から考察したものである。2年前から産経新聞に連載している同名の記事を加筆修正し、28編の話を、「欲望とモラル」「美術の原点」「自己と他者」「信仰、破壊、創造」という4つの章に構成し直した。扱った作品は、世界的名作から、通常は美術と目されない特殊なものまで様々だが、いずれも美術史学上の需要な問題につながると考えている。以前の拙著『裏側からみた美術史』(日本経済新聞社)の続編として見ることもできる。新書でありながらオールカラーで、私が長年にわたって世界各地で撮影したものを中心に美麗な図版が多いので、書店などで手に取ってご覧いただければ幸いである。(宮下規久朗)

2013年5月、光文社

宮下規久朗『モチーフから読む美術史』

宮下規久朗『モチーフから読む美術史』

「犬」「鶏」「蝶」といった動植物にはじまり、「髪」「鏡」「扉」にいたるまで、美術に登場する様々なモチーフを通して美術作品を読み解いたもの。美術を鑑賞するとき、単に作者やタイトル、あるいは色や形からだけでなく、個々のモチーフに注目し、その意味を考えてみること、あるいは共通するモチーフによって作品を横断的に見ることは、きわめて意味深く、興味がつきない。西洋の古典美術に限らず、東洋美術でも現代美術においても、美術は伝統的な寓意や象徴に満ちている。本書でとりあげたモチーフはほんの一部にすぎず、体系的というより、私の好みに偏ってしまったかもしれない。なじみのモチーフが増えてくれば美術の楽しみがさらに広がるであろう。文庫本ながら、ほとんどの作品はカラーで掲載し、眺めるだけで楽しいものとなっているため、手にとってご覧いただければ幸いである。(宮下規久朗)

2013年7月、筑摩書房

嘉指信雄・森瀧春子・豊田直巳編『終わらないイラク戦争 フクシマから問い直す』

嘉指信雄・森瀧春子・豊田直巳編『終わらないイラク戦争 フクシマから問い直す』

イラク戦争が始まったのは、2003年3月20日。今年3月で、早くも開戦から10年が経過したこととなる。しかし、「イラク戦争は終わっていない。とりわけ、この国では――「核の平和利用」という嘘が招いたフクシマの放射能禍。そしてイラクでは、劣化ウラン弾の影響と思われる病気・先天的障害に苦しむ子どもたちが急増している。日本とイラクの惨状は、未来に向けて同じ問いを投げかけている。戦争と原発―通底する「正当化の物語」を問う。」(帯文より)執筆者は、御庄博実、豊田直巳、森住卓、高遠菜穂子、ジャワッド・アル-アリ、申惠丰、湯浅一郎、志葉玲、嘉指信雄、佐藤真紀、小野万里子、川崎哲、森瀧春子。筆者は、「第三章平和への道すじ―放射能禍の中から」の第一節「“正義なくして、平和なし“”―劣化ウラン弾論争と禁止キャンペーンの展望」を担当。(嘉指信雄)

2013年3月、勉誠出版

百橋明穂先生退職記念献呈論文集刊行委員会編中部義隆・宮下規久朗・橋本寛子・古川攝一ほか共著『美術史歴参―百橋明穂先生退職記念献呈論文集』

百橋明穂先生退職記念献呈論文集刊行委員会編中部義隆・宮下規久朗・橋本寛子・古川攝一ほか共著『美術史歴参―百橋明穂先生退職記念献呈論文集』

本書は、長年にわたり中国の古代壁画から日本の仏教絵画まで、特にシルクロード、敦煌から中国、朝鮮と日本の仏教美術史上での相互交流に関する多くの研究成果を挙げてこられた百橋明穂先生の退職記念論文集である。内容は、先生に教えを受けた国内外で活躍する学芸員や研究者を中心に、中国から日本そして西洋の古代から近現代に至るまで幅広い地域と時代の絵画・彫刻に関する論考32編を収録し、多岐にわたる美術史学の研究成果を凝縮した1冊である。筆者は、「司馬江漢と円山派に関する一試論―舞子浜図を中心に」を執筆した。内容は、播州舞子浜の主題を通して、江戸の日本近世洋風画家の司馬江漢(1747-1818)と京都の写生派の祖である円山応挙(1733-95)との関係性について論じたものである。(橋本寛子)

2013年3月、中央公論美術出版

日本孫文研究会編(編集委員会委員長:緒形康)『グローバルヒストリーの中の辛亥革命――辛亥革命100周年記念国際シンポジウム(神戸会議)論文集』

日本孫文研究会編(編集委員会委員長:緒形康)『グローバルヒストリーの中の辛亥革命――辛亥革命100周年記念国際シンポジウム(神戸会議)論文集』

2012年12月10日に神戸大学大学院人文学研究科にて開催された辛亥革命100周年記念国際シンポジウム(神戸会議)の諸活動を記録した論文集。日本孫文研究会が編集に当たり、汲古書院より孫中山記念会叢書の第6冊目として公刊された。基調講演、4つの分科会(「複数の辛亥革命」「辛亥革命はいかに表象されたか」「都市文化ヘゲモニーと辛亥革命」「辛亥革命人物研究」)の学術報告、総合討議が収められている。辛亥革命が実現した共和政体が新しいハイブリッドな多民族国家モデルを創成したとする基調講演者デュアラ氏の考え方に対する検討がなされた。巻末にはシンポジウムで取り上げられた人名と事項に関する詳細な索引を付した。(緒形康)

2013年3月、汲古書院

緒形康編『アジア・ディアスポラと植民地近代――歴史・文学・思想を架橋する』

緒形康編『アジア・ディアスポラと植民地近代――歴史・文学・思想を架橋する』

16~20世紀のアジアの諸地域において、移住や亡命を強いられた人々の危機の諸経験を探求した共同研究の成果。韓半島や台湾、満洲、中国大陸、東南アジアといった諸地域から日本各地への離散に伴うアイデンティティーの喪失、移住・亡命先の在地社会との軋轢や衝突を経た新しい帰属意識の獲得、あるいはその失敗を、アジア。ディアスポラ、植民地近代という2つのコンセプトによって描いた。アジア・ディアスポラに関する総論と、植民地近代における他者性をその前史である初期近代から考える論考11編から構成される。文学部教員の緒形康、嘉指信雄、田中康二、樋口大祐、濱田麻矢、及びその門下生が執筆している。(緒形康)

2013年3月、勉誠出版

中筋直哉・五十嵐泰正編著原口剛共著『よくわかる都市社会学』

中筋直哉・五十嵐泰正編著原口剛共著『よくわかる都市社会学』

1980年代の新しい都市社会学や都市論ブームのインパクトの後に展開した新たな都市研究の諸領域から、建築学、文学、政策科学など隣接分野の都市研究までをカバーするあたらしい時代の都市社会学・地理学テキストです。計八部構成からなる本書には、さまざまな専門の若手執筆者が寄稿しています。私は、「現象学的地理学の都市研究」、「ジェントリフィケーション」(第Ⅱ部「空間と文化:都市の社会理論①)、「都市の語り」(第Ⅴ部「都市の装置とメディア」)の項目を執筆しました。都市を記述するために大事なのは、自分なりの問いを発することだと感じています。本書がその助けになればと願っています。手に取っていただければ幸いです。(原口剛)

2013年4月、ミネルヴァ書房

大津留厚『捕虜が働くとき-第一次世界大戦・総力戦の狭間で』

大津留厚『捕虜が働くとき-第一次世界大戦・総力戦の狭間で』

第一次世界大戦は「総力戦」として考えられている。確かに多くの国民が戦場や働く場に駆り出されたことは事実であり、また人々の生活や考え方まで統制されることになった。しかし一旦兵士として動員され戦場に出た者が捕虜として一国の総力戦体制から排除された後、今度は労働力として敵国の総力戦体制を支えたことはあまり知られていない。しかもその数は両陣営を合わせて少なくとも500万人を超えていた。本書は神戸大学人文学研究科が取り組んできた地域連携事業の一環である青野原俘虜収容所研究を敷衍して第一次世界大戦論に新たな視点を切り開こうとするものである。(大津留厚)

2013年5月、人文書院

大津留厚・水野博子・河野淳・岩崎周一『ハプスブルク史研究入門―歴史のラビリンスへの招待』

大津留厚・水野博子・河野淳・岩崎周一『ハプスブルク史研究入門―歴史のラビリンスへの招待』

ハプスブルク家を君主とする領邦の集合体は、時には「日の沈まぬ帝国」を作り出し、またその君主は神聖ローマ帝国の皇帝位を長く保持してヨーロッパの歴史で大きな役割を果たしてきた。しかしその政治体は近代国民国家の枠に納まるものではなく、したがって「研究入門」の対象になることはなかった。本書は「国民国家」の枠組みに納まらない政治体の「歴史」の研究入門として日本はもとより世界でも初めての試みである。是非その迷宮(ラビリンス)からの脱出に挑んでいただきたい。(大津留厚)

2013年5月、昭和堂

藤井勝・高井康弘・小林和美編著『東アジア「地方的世界」の社会学』

藤井勝・高井康弘・小林和美編著『東アジア「地方的世界」の社会学』

本書は、東北アジアと東南アジアからなる東アジア全体を対象として、各地の地方社会の編成の原理や伝統、動態や展開を実証的に解明するとともに、21世紀における豊かな発展の条件や課題を模索している。今日、東アジアのめざましい発展が進行しており、その中で、学術的にも社会的にも、とくに大都市(圏)が注目されているが、東アジアの特質は、多様で豊かな地方社会が広大な範域において存在することである。つまり、このような地方社会の持続と発展なくしては、本当の意味での東アジアの成長や繁栄は実現しないであろう。以上の認識のもと、本書は、従来の地域社会研究や東アジア社会研究の成果をふまえつつ、「地方的世界」という独自の視座から地方社会にアプローチしている。また、フィールドワークを軸に研究を進めることによって、それぞれの「地方的世界」の分析を深化させている(藤井勝)

2013年6月、晃洋書房

リュック・ボルタンスキー、エヴ・シャペロ著 三浦直希・海老塚明・川野英二・白鳥義彦・須田文明・立見淳哉訳『資本主義の新たな精神(上・下)

リュック・ボルタンスキー、エヴ・シャペロ著 三浦直希・海老塚明・川野英二・白鳥義彦・須田文明・立見淳哉訳『資本主義の新たな精神(上・下)

フランスで1999年に刊行され、浩瀚な学術書であるにもかかわらず専門の枠を超えて一般からも多くの読者を得たLe nouvel esprit du capitalisme(Gallimard社刊)の邦訳。雇用の不安定化、新たな貧困、社会的排除といった様々な困難が拡大する今日の状況を、大企業を中心とする従前の産業資本主義と対比される、「新たな精神」による資本主義という概念―理念型的には、各「プロジェクト」ごとに有資格者を集めて「フレキシブル」に働くことを提案し、「ネットワーク」的な結びつきがより重要となる―でとらえ、分析している。日常的に起こるストライキや労働組合の位置づけなど、日本とは対比的にとらえられることの多いフランスについて、下請けや外部委託、非正規雇用の増大をはじめ、日本と共通する諸側面が明らかにされており、日本社会の分析にとっても有益である。白鳥は第三章「1968年、資本主義の危機と再生」、第四章「労働の世界の脱構築」の翻訳を担当した。(白鳥義彦)

2013年8月(上)・9月(下)、ナカニシヤ出版

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