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最近の著作から

文学部広報誌『文学部だより』の「最近の著作から」欄から文学部教員の著作を紹介します。

これまでの著作紹介

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2017年

大野芳材、中村俊春、宮下規久朗、望月典子『西洋美術の歴史6 17~18世紀 バロックからロココへ 華麗なる展開』

『西洋美術の歴史6 17~18世紀 バロックからロココへ 華麗なる展開』

「世界の歴史」や「哲学の歴史」などのシリーズで定評ある中央公論新社が、創業130周年記念出版として「西洋美術の歴史」全8巻を刊行した。美術全集や画集と異なり、これまでにない「読む美術史」として、最新の研究成果を反映した重厚で学術的な通史である。西洋美術史上もっとも輝かしい時代を扱うこの巻を3人の著者と分担した私は、イタリアとスペインの17世紀と18世紀の通史を記述した。この時代の美術の先進地であるローマを中心として、ヴェネツィアからシチリアにいたるイタリアの様々な地域やスペインの美術の生成と展開をなるべく客観的に記述しようとした。結果として、全8巻のうちもっとも分厚くなった(774頁)。(宮下規久朗)

2016年11月、中央公論新社

日本シェイクスピア協会(編)『甦るシェイクスピア——没後四〇〇周年記念論集』

『甦るシェイクスピア——没後四〇〇周年記念論集』

日本シェイクスピア協会が、シェイクスピア没後四〇〇周年の記念事業として出版した本で、十三の論文が掲載されています。芦津は「『ハムレット』受容史を書き換える」(22–39頁)を執筆しました。堤春恵の翻案喜劇『仮名手本ハムレット』(1993)を取り上げて、二十世紀末の日本におけるシェイクスピア受容のあり方について論じています。本書全体を見渡すと、多くの作品を対象とした様々な批評的アプローチが緻密かつ豊富に組み合わされており、シェイクスピア演劇の魅力と多様性をぞんぶんに物語る研究書に仕上がっています。(芦津かおり)

2016年10月、研究社

小田中直樹、帆刈浩之(編)『世界史/いま、ここから』

『世界史/いま、ここから』

世界の歴史を人類の曙から2010年代の現在に至るまで、最新の知見を織り込みつつ、通観した書物です。英雄的個人や国家、民族の物語に拘泥することもなく、また政治的、軍事的事件の歴史に終始するものでもありません。むしろ、地域を超えた人やモノ、情報の移動、宗教や信仰、そして技術や環境が及ぼす影響といった側面、すなわち今を生きる私たちにとってもアクテュアルな問題に目を向けて、各時代の様相と広範な地域の状況を構造的に理解できるように叙述しました。私は、人類の曙から古代の西アジア及び地中海世界を担当しました。(佐藤昇)

2017年4月、山川出版社

田中康二『真淵と宣長―「松坂の一夜」の史実と真実』

『真淵と宣長―「松坂の一夜」の史実と真実』

「松坂の一夜」とは、本居宣長が賀茂真淵に出会い、古代研究の志を受け継いで国学を大成するきっかけとなる、一期一会の一夜を指す。1917年に佐佐木信綱が発表した同名の文章は、二人の出会いを劇的に構成した。以来、麗しい師弟関係は人の記憶に残る物語として、国語教科書などさまざまなメディアを通して流布することになった。しかしこの「美談」は、一方の当事者である真淵から見ればどのようなものであったか。あるいは別の第三者の視点で切り抜けば、どのような姿を現すのか。残された資料を読み解き、いくつもの様相を呈する「松坂の一夜」の真実を描き出す試み。(田中康二)

2017年2月、中央公論新社

菱川英一『ボブ・ディランの詩学』

『ボブ・ディランの詩学』

ボブ・ディランの詩を歌われる詩の観点から捉え、バラッド詩型や韻律を重視しつつ論じた書です。1960 年代から2000 年代の作品を数点、重点的に分析します。取上げるのは ‘Blowin’ in the Wind’〈風に吹かれて〉、‘A Hard Rain’s A-Gonna Fall’〈はげしい雨が降る〉、‘Times They Are A-Changin’’〈時代は変る〉、‘Not DarkYet’〈ノット・ダーク・イェット〉など。類書にない特徴はディランの韻の用い方および歌われる詩の終わり方について論じているところです。バラッドやラップ等にも頻用される「脚韻的母音韻」に特に焦点を当てています。(菱川英一)

2017年3月、BCCKS

木村正俊、松村賢一(編)『ケルト文化事典』

『ケルト文化事典』

ケルトの歴史・文化についての初の総合事典です。古代から近現代まで、ケルト文化圏の歴史・文化・社会・宗教・文学・言語・美術について網羅的に解説しています。日本との比較文化的視点や現代ケルト社会の実像まで、総項目数580、図版多数を掲載しています。類書にない特徴は8 世紀から17 世紀に至るアイルランド語の韻律に関する項目があることで、その部分などを私が執筆しています。音節詩と強勢詩の概要をつかむことができます。(菱川英一)

2017年5月、東京堂出版

J・ダインダム著(大津留厚、小山啓子、石井大輔訳)『ウィーンとヴェルサイユ――ヨーロッパにおけるライバル宮廷 1550~1780――』

『ウィーンとヴェルサイユ――ヨーロッパにおけるライバル宮廷 1550~1780――』

本書は、これまでのヨーロッパの宮廷研究にありがちな、イメージ先行の見方に批判的なまなざしを向け、近世の宮廷が実際にどのようなものであったのか、具体的な輪郭を描くことを目指して、ルイ14 世とレオポルト1 世治世を軸に、フランス国王の宮廷と、神聖ローマ皇帝=ハプスブルク家君主のウィーン宮廷とを比較史的に検討したものです。両宮廷に関する膨大で多様な史料を駆使し、役人の規模や権力関係、運営費用、宮廷生活や儀式のあり方などを比較しながら、宮廷の存在意義や領域における役割を通じて、2 つの国家の形成過程をも照射しています。新たな宮廷像を描き出したこの研究は、エリアスの宮廷論を超える「野心的研究」と欧米学界で高く評価されています。(小山啓子)

2017年3月、刀水書房

加藤彰彦、戸石七生、林研三(編著)『家と共同性』

『家と共同性』

家族を<比較>と<歴史>の2 つの軸から考える学際的な学会、比較家族史学会が監修した新シリーズ「家族研究の最前線」の第一巻が本書です。家とは何か、家社会とはなにか、過去1000 年の日本の歴史をひも解き、その変化を追っています(私は徳川後期の東西の事例をもとに、その変化を論じています)。また、台湾、韓国、さらには、インド、スウェーデンについても、家との関連で議論が組み立てられています。現代では個人主義のトップランナーとイメージされるスウェーデンですが、少し前には家と見まがうような世襲農業が形成されていたようです。私たちが知っているつもりの家のまだ見ぬ顔がみえる一冊です。(平井晶子)

2016年9月、日本経済評論社

フリードリヒ・デュレンマット著(増本浩子訳)『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』

『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』

スイスの国民的作家デュレンマットが1954年に執筆した中編小説の本邦初訳。劇作家として最も脂ののった時期に書かれた作品で、小説という体裁をとりながらもデュレンマットならではの演劇論を強く意識した仕上がりになっている。新聞にお見合い広告を出したことがきっかけであり得ない幸運の連続に見舞われる、真面目一辺倒の中年独身男の物語。巨大な恩寵を人間は受け止めきれるのか、というまじめなテーマを笑いに包んだ「散文喜劇」で、英語版出版時にはカート・ヴォネガットが賛辞を寄せ、今回の翻訳にも好意的な書評がいくつか書かれている。(増本浩子)

2017年2月、白水社

栄原永遠男、佐藤信、吉川真司(編)『東大寺の新研究2 歴史のなかの東大寺』

『東大寺の新研究2 歴史のなかの東大寺』

東大寺史の総合的理解と再構成をめざした「東大寺要録研究会」の成果にもとづく、古代から近世に至る、東大寺に関する最新の研究論文23篇を収録。古市「行基・和泉・東大寺 —山林修行と神仏習合を中心に—」では、奈良時代の僧、行基の活動に占める山林修行の重要性を説き、それが初期の神仏習合的性格を有するものであったことを明らかにしつつ、東大寺前身寺院の一つ、天地院が行基の拠点の一つであったことから、行基の信仰に根ざした神仏習合が大仏造立に影響を与えたことを指摘する。(古市晃)

2017年3月、法藏館

A. ジッド、P. ルイス、P. ヴァレリー著(P. フォーセット、P. メルシエ編、松田浩則他訳)『三声書簡1888-1890』

『三声書簡1888-1890』

ジッド、ルイス、ヴァレリーという20世紀前半のフランス文学を代表する作家へと成長していく3人が10代後半から20代前半に交わした189通の往復書簡集。早熟な文学青年として知られていたパリのジッドとルイスの2人に、片田舎モンペリエからやって来たヴァレリーが加わる。当時の文学、哲学、演劇、音楽等をめぐる白熱した議論を通して、彼らは自らの知性を磨いていくが、「友情」そのものが神聖視されていた時代にあって、このトリオはやがて恋の鞘当てにも似た3つのデュオ(duo)=デュエル(duel)へと変貌していく。産経新聞(2016年7月7日、井上直子氏)ならびに日本フランス語フランス文学会『Cahier』(2017年、吉井亮雄氏)に書評が掲載される。(松田浩則)

2016年6月、水声社

エリック・ファーユ著(松田浩則訳)『エクリプス』

『エクリプス』

2010 年に『長崎』でフランス・アカデミー大賞(小説部門)を受賞したエリック・ファーユによる、日本人の拉致問題を扱った意欲作。「物語の始まりはひとつではなく、無数にある」とし、拉致事件の同時多発性を指摘するファーユは、各章ごとに語り手を変え、時や場所に変容を加えつつ、拉致被害者やその家族、さらに事件を辛抱強く追いかける地方紙の記者たちの心情を描き出す。こうした描写を通して、底知れぬ狂気に捉えられた独裁政権が、無数の「偽物」「コピー」を量産する「虚」の帝国であることもまた明かされていく。産経新聞(2017年1月8日、西岡力氏)に書評が掲載される。(松田浩則)

2016年12月、水声社

田中真一、ピンテール=ガーボル、小川晋史、儀利古幹雄、竹安大(編著)『音韻研究の新展開:窪薗晴夫教授還暦記念論文集』

『音韻研究の新展開:窪薗晴夫教授還暦記念論文集』

本学部名誉教授である窪薗晴夫教授の還暦を記念して編纂された論文集です。音声学・音韻論の分野の第一線で活躍する国内外の研究者、および、神戸大学を中心とした教え子による、英語を含む最新の論考22 編が収録されています(編者5 名は全員本研究科修了生)。音声学・音韻論における主要なテーマが幅広く網羅されており、このうち田中は「パドヴァとヴェローナの韻律構造」というタイトルで、イタリア語から日本語に入った借用語における母音長受け入れとアクセントとの関係について分析しています。記念論文集と研究書両方の性格を併せ持った論文集です。(田中真一)

2017年3月、開拓社

Haruo Kubozono ed., The phonetics and phonology of geminate consonants

The phonetics and phonology of geminate consonants

‘katta’(買った)や‘ippon’(一本)の下線部分のような、二重子音(geminate consonants)と呼ばれる子音について、音声学・音韻論の観点から分析した論考が集められた初の論文集です。系統の異なるいくつかの言語(アラビア語、スイスドイツ語、イタリア語、ロシア語、日本語、ハンガリー語、ノルウェー語等)が分析され、各言語において二重子音がどのような環境に現れる(現れない)のか、そして、その通言語的な位置づけについて、様々な観点・手法により論じられています。田中は、日本語話者のイタリア語二重子音に対する知覚と、イタリア語由来の実在借用語との関係についての章を執筆しています。(田中真一)

2017年5月、Oxford University Press

河島真『戦争とファシズムの時代へ』

『戦争とファシズムの時代へ』

吉川弘文館「日本近代の歴史」シリーズ(全6巻)の第5巻として刊行されました。本書は、1927年1月の第1次若槻礼次郎内閣の成立から、1937年5月の林銑十郎内閣総辞職までの時期を対象としています。議会中心の政治が模索されたにもかかわらず、経済と外交の危機を主な契機として政治権力の不安定化が進み、軍部が台頭してゆく流れ(それゆえそれ自身も不安定なものであった)を、まだ「生煮え」な部分もありますが、思い切って叙述してみました。政治、経済、社会、文化などの基本事項を網羅しながら、読みやすさを心がけて書いていますので、研究者以外の方でも、気軽に手にとっていただけると思います。(河島真)

2017年2月、吉川弘文館

原口剛『叫びの都市――寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者』

『叫びの都市――寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者』

夜の底、うねり流れる群れ ―――「流動的下層労働者」たちは、かつて、職や生存を求め、群れとなった。かれらは、都市空間の深みを潜り抜けたのだ。陸と海を、山谷‐寿町‐笹島‐釜ヶ崎を行き交う、身体の群れ。その流動は、いかなる空間を生み出していったのか。すでに私たちは「社会の総寄せ場化」、「釜ヶ崎的状況」を生きている。「寄せ場」の記憶は、今を生き残る術〔すべ〕を手繰りよせるための、切実な手がかりなのだ。地表を横断する群れとなれ、君みずからの「寄せ場」をつくれ ―― 過去からの声は、そう私たちに耳打ちしている。本書は「紀伊國屋じんぶん大賞2017」(23位)に選ばれたほか、『朝日新聞』『東京新聞』等において紹介された。(原口剛)

2016年8月、洛北出版

小笠原博毅、山本敦久(編)『反東京オリンピック宣言』

『反東京オリンピック宣言』

「アンダーコントロール」などという安倍首相による世界に向けた破廉恥なまでの虚偽発言、裏金不正疑惑、抵抗するアスリートの排除、 野宿者排除・人権蹂躙、だるま式に膨れ上がる開催費用/まやかしの経済効果、環境汚染、置き去りにされる福島復興・原発対策……様々な問題が山積・噴出しているにもかかわらず、なぜ東京でオリンピックを開かねばならないのか?2020 東京オリンピック開催に対して、スポーツ、科学、思想、哲学、社会学などの研究者・活動家ら16 人による根源的な異議申し立て。「貧富の戦争がはじまる――オリンピックとジェントリフィケーションをめぐって」の執筆を担当した。(原口剛)

2016年8月、航思社

友枝敏雄、浜日出夫、山田真茂留(編)『社会学の力―最重要概念・命題集』

『社会学の力―最重要概念・命題集』

コントの命名によって「社会学」が誕生して以来、約200 年の学問的蓄積の中から、現在の社会学においても生命力を有する概念を70 の項目として取り上げ、そのエッセンスを説明している。全体は「第Ⅰ部 社会学の方法」「第Ⅱ部 概念構成―概念によって社会をとらえなおす」「第Ⅲ部 命題構成―社会のメカニズムとトレンド」の3 部構成で、さらに第Ⅱ部はミクロ社会学、メゾ社会学、マクロ社会学、第Ⅲ部はメカニズム、トレンドから成っている。白鳥は第Ⅲ部の「トレンド」で、「機械的連帯から有機的連帯へ」の項を執筆している。(白鳥義彦)

2017年6月、有斐閣

髙田京比子『中世ヴェネツィアの家族と権力』

『中世ヴェネツィアの家族と権力』

中世の北・中部イタリアでは皇帝を始めとする上位権力の力が弱く、各都市が政治的独立を達成して自治を行っていました。この自治の内実については19世紀より多くの研究があり、昨今では特に13世紀~14世紀が、より「国家的」体制が整えられる時期として注目を集めています。また1970年代より盛んになった社会史は、イタリア都市民の生活における家族・親族の重要性を指摘してきました。本書はこの二つの研究潮流を総合し、ヴェネツィアを舞台に、多くの文書館史料を用いて、都市国家の変遷を都市民の家族の視点から読み解くことを試みます。(髙田京比子)

2017年3月、京都大学学術出版会

松本曜(編著)『シリーズ言語対照7 移動表現の類型論』

『シリーズ言語対照7 移動表現の類型論』

人物や物体が移動するという出来事は頻繁に起こり、人の関心を引く事象である。本書は、この移動という遍在的事象を諸言語がどのように表すかに焦点を当てることにより、言語表現の性質を明らかにするものである。英語、日本語のほか、ハンガリー語、イタリア語、ネワール語など、全部で11 の言語を取り上げ、そこに見られる表現パターンの違いと共通性を考察する。神戸大学文化学研究科の授業を出発点としており、3名の修了生も執筆者に含まれている。(松本曜)

2017年2月、くろしお出版

石井知章、緒形康、鈴木賢(共編)『現代中国と市民社会ーー普遍的《近代》の可能性』

『現代中国と市民社会ーー普遍的《近代》の可能性』

現代中国にはグローバルな市民社会に向かう力と、その不可避の動きを引き戻そうとする力が激しく拮抗している。多様かつ複雑な思想史的背景を持つ中国の市民社会論を、歴史的現実を踏まえつつ理論的に再検討することが求められている。この共通テーマをめぐっては、いまだに戦後日本の社会科学を代表する市民社会論との理論的接点が全く見出せていない。本書は日中間の社会科学者による共同作業を通じて、市民社会をめぐる言説空間を再構築するものである。(緒形康)

2017年4月、勉誠出版

Antonella Ghersetti ed., Al-Suyūṭī, a Polymath of the Mamlūk Period

Al-Suyūṭī, a Polymath of the Mamlūk Period

本書は、マムルーク朝時代(1250–1517 年)末期のエジプトで活躍した学者スユーティー(1445–1505 年)に関する論文集である。スユーティーは、コーラン解釈学、伝承学、法学、アラビア語学、歴史学、神学、医学など多分野で著作を残し、その数は数百点にのぼる。本書の寄稿者たちは、この博学者(polymath)のさまざまな面を取り上げて論じており、伊藤は、寄進・公益財団であるワクフ制度に関して生じた法的問題に、スユーティーが理論面と実践面でどのように対応したのかを明らかにした。(伊藤隆郎)

2016年11月、Brill

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